ゼロ戦の日 |
2005年07月06日 |
7月6日は、1939(昭和14)年、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の試作機の試験飛行が始った日なのだそうです。
ゼロ戦は日本が世界に誇れる名機で、1年後の中国戦線から実戦に投入、1万機以上が生産され太平洋戦争の初戦では無敵を誇りました。名機であったが故に海軍はゼロ戦に固執してしまい、後継機の開発が遅れてしまったと言われています。
優れた格闘性能を持ち、「3つのネバー」と呼ばれる対零戦禁止事項(■零戦とドッグファイトをしてはならない。 ■300マイル/h(482.8km/h)以下の時、真後ろに付いている場合を除き零戦と同じ機動をしてはならない。 ■低速時に上昇する零戦を追尾してはならない。 )が普及しました。
又、長大な航続距離も持ち、開戦直後に台湾から出撃しフィリピンを攻撃した時には、当時の在フィリピンのアメリカ軍指揮官であったダグラス・マッカーサー将軍は単発戦闘機が台湾から飛来したとは思わず、フィリピン近海に日本の航空母艦が居ると信じて必死に捜索したそうです。
太平洋戦争初期には、パイロットの高い技量もあり無敵ともいえる活躍を見せましたが、戦争中盤以降、アメリカ軍が2,000馬力級エンジンを装備するF6FヘルキャットやF4Uコルセア等の新型戦闘機を投入するようになると、緒戦から中盤の戦いでベテランパイロットを多数失ったことや、性能をぎりぎりまで高める為に余分なものを全て排除した拡張性の少なく性能の向上が難しい機体が災いし、徐々に苦戦を強いられるようになりました。戦争末期には、高高度で進入してくるB-29の迎撃も行いましたが、零戦の高高度性能ではB-29迎撃には不足であったため、撃墜は困難でした。
ちなみに、正式名称は「零式艦上戦闘機」「れいしきかんじょうせんとうき」...皇紀2600年(1940年.昭15年)に制式採用されたところからの称...で、「ゼロ戦」という呼び方は、アメリカ軍呼んでいた「ゼロファイター」という呼称と当時の日本の搭乗員や整備兵の間での呼称「れいせん」が戦後に混ざってしまってできたという説があります。...うちの親父は戦時中から「ゼロ戦」と呼んでいたと言い張っていましたが...。
| 零式艦上戦闘機二一型 | 零式艦上戦闘機五二甲型 |
|---|---|
| 最高速度: 533.4km/h(高度4,200m) | 最高速度: 559.3km/h(高度6,000m) |
| 航続距離: 3,350km(増槽あり)/2,222km(正規) | 航続距離: 全力30分+2,560km(増槽あり) |
| 武装: 翼内20mm機銃×2 胴体7.7mm機銃×2 | 武装: 翼内20mm機銃×2 胴体7.7mm機銃×2 |
| 発動機:栄一二型(離昇940馬力) | 発動機:栄三一甲型(離昇1,130馬力) |
投稿者 ikken : 2005年07月06日 01:22